あおいっちの逆襲

あおいっちのついったーでは言えないはなし。

スノウドーム

"アバズレさん"

僕が3月から5月まで付き合っていた彼女をそう名付けた。

当時読んでいた小説に出てくる人物からとったのだけど、なかなかしっくり来るあだ名だと思う。
 
アバズレさんとはネトゲで知り合って、顔写真送りあって、好きだって言い合って、付き合った。
付き合った2日後に名古屋で会った。付き合う前から名古屋で会うことはきまってた。
会って、自然に手を繋いできてくれた。すごくドキドキした。初めてだった。そんな簡単に手繋ぐものなんだ。あ。付き合ってるんだもんな。そんなことを思いながら水族館へ向かっていた。
 
水族館でハグをした。誰もいない暗い部屋で。5秒間くらい。初めてだった。カメラがより進化して二次元の画像だけでなくあの部屋の空間をスノウドームみたいに完全に保存、記録できるなら間違いなく僕はそうした。二人だけの世界だった。アバズレさんとの思い出の中でその瞬間が一番ロマンチックだった。
 
あとは科学館に行ってプラネタリウムを見たり、ホテルでお酒を飲んだりキスをしたりして過ごした。初めてだった。口移しされたときはビックリした。ほろよいホワイトサワー。ドキドキした。
 
翌日動物園に行った。そのあと居酒屋でお酒を飲んだ。口移しをした。男梅サワー。またドキドキした。
新幹線の改札の前までアバズレさんと一緒に行った。改札の前でキスをした。小さくなるアバズレさんを見送った。彼女は振り向かなかった。
 
 
一か月後も交際は続いていて、今度は大阪で会うことになった。
名古屋では歩き回って疲れたので今度は部屋でゆっくりしようと思ったので結構いいところを借りた。
一日目のことを思い出そうとしたけれど駄目だった。思い出せない。
二日目は夕方道頓堀へ行った。たこ焼き屋を2軒回って食べた。一軒目は普通のソースとマヨネーズがかかったたこ焼き。二軒目はネギポン酢のかかった変わったたこ焼き。アバズレさんは二軒目のほうが好きだと言った。僕もこっちのほうが好きだと嘘を吐いた。
 
夜に串カツ屋に行ったのだけれど混んでいて30分くらい並んで待つことになった。そのとき元カレの写真を見せられた。男の顔は気にならなかった。「めっちゃイケメンでしょ」そういう彼女の声が遠く聞こえた。隣に映っていた見慣れた笑顔のアバズレさんを見て、僕は少し泣いた。トイレに行くといって誤魔化した。サイアク。そう思った。
 
大阪駅の"時の広場"でアバズレさんの新幹線が来るまで待つことにした。アバズレさんが隣に座っている。彼女は元カレの話をしている。復縁したがってることは馬鹿でもわかる。僕でもわかった。さっきのこともあったからだろう。感情が爆発した。僕はアバズレさんを抱きしめて泣いた。よく覚えてないけど僕と付き合ってるんだから他の男の人をそういう風に思うのはやめてほしいみたいなことを言ったと思う。アバズレさんは曖昧な返事をして笑った。「泣き止んで」何度もそう言った。
 
改札まで一緒に歩いた。改札の前でアバズレさんを抱きしめた。また小さくなるアバズレさんを見送った。アバズレさんは振り返らなかった。僕は泣きながらバス乗り場まで向かった。泣いてたのは多分別れを予感していたんだと思う。そのころには僕はだいぶアバズレさんのことを理解していた。彼女は一年前、大好きだった元カレと別れた。彼女は寂しがっていた。だからその後数人の男と付き合った。僕もその一人だった。
簡単に好きだって言ってきたのも手をつないできたのもハグをしてきたこともキスをしてきたことも全部そういうことだった。
理解していたのにあんなワガママを言った。だからきっともうアバズレさんとは会えない。会えないかもしれない。そんなことを感じて泣いていたんだと思う。
 
その後アバズレさんとは会うことも話すことも文を交わすこともなかった。すべての連絡先をブロックされていた。アバズレさんはこういう別れ方を何度もしていると本人から聞いたことがある。それを聞いた時の僕は自分は捨てられないと根拠なく信じていた。馬鹿が。
 
多分僕としたみたいなことを何人にもして、何人とも似たような別れ方をしたんだろう。こういう人のことをアバズレと呼ぶんだと僕は初めて知った。だからアバズレさん。
 
 
 
 
アバズレさんのことを今好きか嫌いかと聞かれても答えられない。居なくなった人をそういう風に考えることはできない。
また会いたいなんて気持ちもない。でも幸せだったあの時を何度も思い出す。
例えアバズレさんが何度も言った好きって言葉が嘘でもあの幸せだった時間は確かにあった。嘘じゃない。
 
アバズレさんとの思い出を回想するのは季節を思い出すのに似ている。
夏。本当にあの素晴らしい雪景色があったのか信じられないような今の気候。でも押入れには使わなくなったストーブがあって、コタツ布団があって、毛布がある。それらが本当だったんだよって教えてくれる。
アバズレさんも同じ。今でも消せないLINEのやりとりがあって、アバズレさんが好きだった曲がiPodにあって、渡せなかったプレゼントがある。
鮮明には思い出せないけれどアバズレさんを初めて抱きしめたあの場所、あの空気、あの感触が曖昧に、不完全に詰まったスノウドームが僕の頭の中に大事にしまってある。
今でも記憶の片隅から取り出しては眺め、まだ思い出してないことはないかなんて考える。
 
そんなどうしようもないもの、それが、僕の初恋だった。